否定文を作るとき、主語接辞の前に si(1人称単数)か nti(1人称単数以外のすべての人称)を付けるのが一般的だが、もう一つの方法として、肯定文の文頭に Ntabwo(ntago と書く人もいる)を 置く方法がある。
すべての時制で用いることができる。
(現在) ntabwo nza (=sinza) 私は来ない。
(過去) ntabwo naje 私は来なかった。
(未来) ntabwo nzaza 私は来ないだろう。
Ntabwo tuzakora kuwa mbere kuko ari congé.
Nous ne travaillerons pas lundi parce que c'est congé
(次の)月曜日は休暇なので(休暇を取っているので)私たちは働かない。
通常の否定文では Ntituzakora kwa mbere kubera ko ari congé.
kuko はここでは「なぜならば」 kubera ko の意味。
Ntabwo mfite amafaranga, ni yo mpamvu ntariye saa sita.
=Je n'ai pas d'argent, c'est pour ça que je n'ai pas mangé à midi.
私にはお金がない。それが私が12時に食べなかった理由だ。
impamvu(9,10) cause, motif 原因、動機、理由
ntariye 「食べなかった」=n(私は)+ta[否定の助詞t'(ta)+過去の時制接辞a +riye[kuryaの完了形]
先生の説明によると、 na[過去の主語接辞「私が」]-ta- riyeのように、na の後ろにta があるとき
na が n に変わる。taは ta+a ではない、ということだった。
しかし、ni yo mpamvu ntazarya ejo 「私は明日食べないだろう」で未来の時制接辞 za が ta の後ろに
あるので、a も含めて時制接辞は ta の後ろに置くべきと考えられる。よって上のように解釈しておく。
Ntabwo najyiye kureba filime muri iki cyumweru.
今週映画を見に行かなかった。
Ntabwo Trump ari muzima.
トランプはいかれている。
muzima=mu(1クラスの形容詞接辞) + zima(adj)「健康な」
Khamenei ni muzima. ハメネイは生きている。
肯定文の時は、ni muzima は×「 頭は大丈夫」の意味ではなく、〇「生きている」の意味になる。
ntabwo を使わない普通の否定文では、Trump si muzima.だが ntabwo の後ろでは
ni(si) は ari になる。